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鍼灸マッサージ師を目指すアラサー学生のブログ。

自分に合ったノートの取り方を見つけた話②〜なぜノートを取るのか〜

前回の記事を書いていて、ふと気づいたことがある。

 

「私ってなんでノート取ってたんだっけ…!?」

 

今更っ!!!と思われるだろうけど、ブログを書くために1年生の時に書いたノートを見返していて、悲しきかな素直にそう思ってしまった…

 

言葉にするとあまりに悲惨(?)で呆れるけど薄々そういう感覚が自分の中にあったから2年生になってノートの取り方を変えていったんだと思う。「そういう感覚」とは、ズバリ「自分が書いたノートがあんまり勉強に役立っていない」というこれまた悲しい事実…

 

では何故自分のノートが勉強の役に立ってないと感じたのか?今回は勇気を出してそこを言語化してみよう!

 

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何のためにノートを取るのか?

 

まず、何のために自分はノートを取ろうと思うのか?を思い起こしたい。

 

  • 聞いたことや読んだことを覚えたい
  • 書くことで記憶に定着しそう
  • 忘れた時に見返して思い出したい
  • 試験の直前にポイントだけサッと見返したい

 

ざっと挙げると、覚えるため・思い出すためというところ。

 

では、これまで自分が書いたノートを上記の目的のために役立てていたかというと返事に窮する。なぜなら、振り返ってみると自分が書いたノートをあまり見返していなかったからだ。なぜ見返さないのかと問われると、あまりに情報が多過ぎて1つのことを確認したいだけなのに、目に入ってくる文字が多過ぎて読むのが面倒くさくなるからなのだった。

 

試しに1ページ見てみよう。

f:id:blog445:20220924105452j:image

 

ポイントだけまとめて、後で見た時パッと要点だけ掴みたいという気持ちとは裏腹に情報がぎゅうぎゅう詰めである。しかもデジタルの利点である画像のコピペができるという機能が裏目に出て、参考書の参照ページが大量に貼られているページもあったりする(著作権とかよく分からないのでノートの写真貼るのは自粛。想像してください、参考書の説明ページの画像が大量に貼られたノートを…)。

 

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思考過程をまとめた過程には意味がある

 

ここまで書くと何とも無駄なことに時間を費やした感が漂うけれど、ノートを書いたことに全く意味がなかったというとそういうわけではないので弁解したい(誰に?)。

 

私は頭の中だけで物事を整理するのが苦手なので、ノートにまとめながら学んだことの流れを書いていくとかなり思考が整理されて授業の理解が進む。また、自分で作用や機序をまとめ直していく過程で「これって何でこういう結果になるんだ?」と自分が分かっていない部分が明確になって、それを調べて追記することで更に理解が進む。理解が進めば覚えることも単純な暗記じゃなくなるから無駄ではないと思う。

 

流れを理解する過程において「ノートを書く行為」は無駄ではなかった。ノートは、私の思考過程が時系列で書かれたものなのだ。

 

しかし、それを見返すかというと話は別で、理由は上に書いた通り、大量に書かれた思考過程全部を改めて読み返すのが自分でも面倒くさいのだった。

 

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何なら見返すのか?

 

ノートを書きながら理解を進めることと、見返して記憶を増強することは別物だと気付いた私。要するに思考するためのノートと物を覚えるためのノートは別なのだ。前者はすでに実践済み。後者は無い…。でもこれまで全く何も見返さず勉強してきたわけじゃないはずだ。その証拠に、自分のノートは見返してなくてもそこそこ色々覚えている。

 

じゃあ一体どうやって…

 

振り返ると、日頃から色々見返していた。例えば、

 

  • 学校の先生が作ったプリント(中医・総論・病理学・運動器解剖学・臨床推論)
  • かずひろ先生の有料note(@goukakuouenman ※Twitter)
  •  TCMAの公開講座で写したスライド(@TCMAsemi ※Twitter
  • 自分で穴埋めした要穴表
  • 自分でまとめた神経と筋の一覧
  • YaMaTo先生からもらった経絡経穴のスライド(@YaMato39830334 ※Twitter
  • 経絡経穴概論『東臨』の要点と総括(本)
  • 生理学インパクト(本)

 

殆ど先生たちが作ったものと書籍!!!要穴表も学校の先生が作ったものだから、自分でまとめたものが神経と筋の一覧しかない!

 

しかしこれらの資料は日々すぐ開けるようにしていて、

  • 授業中に分からなくなった時
  • ちょっと確認したくなった時
  • 問題解いてて気になった時

なんかにサッと開いて知りたいことを確認するのに使っていたのだった。

 

無論、これらの資料は要点が参照しやすくまとまっていて、パッと見返した時にその時必要なことだけが目に入ってくる。

 

頻繁に参照しているからどこに何が書いてあるかもすぐ分かるし、結構よく覚えていると思う。むしろ今持ってる知識は全部これらからインストールしたものなんじゃないかというくらい多分これらばかり見ている…(先生方ありがとうございます、私の学生生活は先生方に支えられています…)

 

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よし、これで十分、思考の整理は自分でノート書いて、記憶の増強は本やプロの先生方が作ったプリント使えばOK!

 

…ところがそうはいかなくなってきたのが2年生になってからなのだった。

 

先生方の資料や書籍が原因ではなく、覚えることが増え過ぎて色々な資料をまたいで参照する必要が出てきて、それがだんだん煩雑になってきたため、やり方を変えないと勉強しづらくなってきた。

 

なかなか終わらないノートの模索…。

 

つづく。