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鍼灸マッサージ師を目指すアラサー学生のブログ。

知識を詰め込んでも技術が伴わないと意味がないんじゃないか問題について現時点での自分の結論

専門学校2年生の今の自分に対しての結論ね。

 

卒後もこのままじゃだめだけど…

 

知識は詰め込めるけど、それを臨床推論に活かせてなくて、実技もパッとしない、

 

という悩みが、この2年延々続いてる。

 

学校の先生にこの悩みを打ち明けた時言われたことは「例えば臨床推論であれ技術であれ、同じ何かを教えるにしても知識がある人に教えるのと何にも頭に入ってない人に教えるんじゃ教えられる内容が全然違う。だから知識はあればあるだけいい。今すぐ使えなくても将来の患者さんのために一つでも多く覚えなさい。」

 

そんなこと言っても現状が…

 

とぐずぐず思ってたけど、

 

先生の言ってることは本当だと思った。

 

技術は必要だけど、知識も必要。

 

どの程度のことを知ってるかで、相手が話してくれる内容が変わるんだと、学校の外で思った。

 

臨床経験がそもそもほぼ皆無なんだから、学生のうちは知識偏重でもしょうがない。臨床推論とか技術とかは多分場数で向上するはず。

 

今はあんまり色々考え過ぎずに、一つ一つのことをちゃんと覚えよう。

訪問鍼灸の現場同行

お世話になっている会社さんと患者さんのご厚意で、初めて訪問鍼灸の現場に立ち合わせて頂いた。

 

具体的なことは書けないけど、自分が感じたことだけメモ的に残しておきたい。

 

(たまにSNSとかで患者さんのことややりとりを結構書いてるの見かけるけど、あれは患者さんの許可があって書いてるんだろうか…いつもどきどきする…)

 

話が逸れた!

 

今日自分が感じたことの結論。

 

「訪問鍼灸をするなら具体的に患者さんのQOLを上げてあげられることが大事」

 

病気や怪我は、鍼灸では治らないものもある。それは鍼灸やあん摩が力不足なのではなく、物理的に治らないものは治らない。例えば骨折が鍼やあん摩でくっつくかというとそんなことは起こらない。鍼は魔法じゃない。

 

だけど例えば、怪我や病気からくる痛みを和らげることは鍼灸やあん摩でできることである。

 

痛くて歩けないという人の痛みを少し和らげてあげて少し歩きやすくなれば、その人の生活は少し良い方向に変わる。

 

あるいは、現状より悪くならないように、動かしてあげたりケアしてあげるのも大事だ。現状維持はQOLの向上ではないかもしれないけど、現状より悪くなったらQOLは確実に下がる。だからQOLを下げないようにすることも大事。

 

訪問鍼灸を受ける人のほとんどは高齢者だから、どうしたって加齢で色んな機能が低下していく。その低下を放っておくのではなく、1日でも遅らせることも訪問鍼灸がやることだと思う。

 

他にも出来ることは色々あると思うけど、ここでは割愛(長く書く根気がない…)。

 

で、今日同行させてもらった鍼灸師さんは、患者さんのQOLを向上させてあげられてる方だと思った。現場で見ただけじゃなくて、ちょっと書けないけど、その人の施術成果を自分は間接的に目の当たりにしていた。

 

そういう人が、訪問の現場で必要とされるんだと感じた。

 

具体的にできたほうがいいと思ったのは

  • 運動療法
  • 適切な動作を説明するスキル
  • 拘縮ケアのための変形徒手(習ったことなくて未知)

 

あとは臨床推論能力。

 

よく、訪問は人柄重視と言われるけど、人柄と最低限のマナーはあったとして、上に挙げたようなことができないと、目の前の患者さんにどうこうできない気がした。QOLを上げるのに最低限必要な気がした。東洋医学的な治療も大事だし良いと思うけど、自分が見た訪問の現場では運動器へのケアができた上でのプラスαな気がした。自費診療で主訴が不定愁訴の場合は違ってくるかもしれないし、経筋とか経絡を使った運動器の治療もあるし、東洋医学的な思考が治療に役立つこともあるから一概には言えないけど。

 

運動器は、苦手だ。でもそこの理解がないと、来年からすごく困る気がする。

 

春休みは東洋医学に全振りして勉強したいと思ってたけど、運動器の勉強や徒手検査の練習をもっとしないとだめそう。

 

まずは目の前の定期試験の運動学と総論をしっかりやらないと…学校にいるうちに出来ることを学ばないと…

わからないこととか思ったことつらつら

今のこの感覚がなんなのか、

自分でもよくわからない。

 

身体は心の容れ物だから、

身体が疲れているために心がおかしくなっているのか。

 

元々心がおかしくて身体もつられておかしくなっているのか。

 

身体が疲れてても、前向きで元気な時もある。

 

心が疲れてても、身体は元気ということは、あったかなぁ。あるか。

 

別に大きな病気でもないし、怪我もしてないし、

 

自由に動く身体。

 

生理的に問題なく働く頭。

 

気に掛けてくれる周りの人。

 

贅沢はできないけど安定した生活。

 

好きなことだけやってればいい学生という身分。

 

こんなに恵まれてるのに、一体何がどうしてこうも空虚な感じがするんだろう。

 

空虚というか、なんなんだろう…

 

色んな人がいる中で、自分のこんな状態は、贅沢、甘えてる、と思う。。

 

甘えた状態だから甘えた気持ちになるのかな。

 

もっと頑張ってればこんな気持ちにならないんだろうか。

 

でも頑張ろうにも、気持ちが引き上がらなくて、何かしようとすると、足元から崩れる感覚…

 

表面の日常を滞らなくさせることで精一杯。

 

 

***

死にたい

 

とかそういう言葉を軽々しく口にするもんじゃないと思う。

 

いや、もちろん、言っても良いんだけど…というかもし、周りにそう思ってる人がいて、誰かに聞いてもらいたい、気持ちを吐き出したい、と思っていたら、私は話を聞くし、話したいなら話してほしいと願うのだけれど。そしてそれがその人にとって助けになるなら、と願う。

 

だから、だめじゃないんだけど。

 

 

でも、私がそれを言うのは、なんとなく違う気がする。というか別に死にたいわけじゃない。だから死にたいとか言うのは言葉の選択が間違ってる。今の状態を適切に表してない。

 

生きたくないわけでもない。明日も生きるつもりでいるし、だから色々予定している。

 

ただ、疲れてるのかな…

 

でも何に?

 

疲れるほど、私は何もしてないのに?

 

 

***

Twitterでこういうことを書くと、みんな優しいから周りが気をつかうし、本意でない捉え方をされるのもいやだし、

 

だったらインターネット上に書くなよとか思われてそうだけど、

 

私も、どこかの誰かに話を聞いてもらいたいのかもしれない。

 

でも特定の人を捕まえて、わーわーと自分の話を一方的にしたくない、それはその人の迷惑になるから、と思うと、ここに書くくらいしかなくて、

 

でも、このブログの「役に立たないエントリー」はそんなに読まれてないって知ってるから、まぁいっか、と思う。

 

***

別に心配をかけたいわけでも、心配されたいわけでもないってことは、こういうこと書いてる時点で伝わらないんだろうなとか思う。

 

ただ現状をどうにかしたいだけで、

 

その手段として「言葉にして放つ」=「話す」行為をしてる。

臨床実習感想①

前回の臨床実習は、

初めて患者さんから直接褒められた。

 

施術中も「最高〜。すごく気持ちがいい〜」と喜んでくれてたし、

 

施術後は「すーごく上手だった。ここ(学校)以外でも働いてらっしゃるの?」と言ってもらえた。

 

私は、リラクゼーションとかサロンとか治療院で働いた経験がない。同級生の多くはそういう所でバイトをしていて、やっぱり上手だと思う。2年生になってから、そういう現場経験での差が実技の授業中にも目に見えて出てきて、私もそういう所でバイトしないとだめだな、ただでさえ下手なのに経験も少ないなんて、でも時間面で条件が合う所がないし、デイのバイトも続けたいしで、葛藤がすごくあって。

 

揉みの現場経験がないのに、これを言ってもらえるのは、すごく嬉しかった。

 

帰り際には、「すごーく良かった。出来るなら次も指名したい」と言ってくれて帰って行った。

 

 

でも、これには2〜3、こう言ってもらえる背景があって。

 

まず、カルテでの前回の引き継ぎがすごく参考になった。運営システム的にカルテに目を通せる時間は多くの場合5分もないけど、読みやすいカルテで、短い時間でも事前に情報を取れていたから、どんな施術をしようか入る前にイメージができた。カルテ大事、をすごく実感。

 

そして、この人はその日数人目の担当だった。

 

臨床実習は、その日の主任担当の学生がシフトを決めるが、これまでは1日最高2人までしか施術に入ったことがなかった。殆どは1日1人。

 

朝来て、1人揉んで、もっとこうすれば良かった、ああすれば良かった、と思って終わって、次は1週間後。手の感覚がボヤけたまままた新しい患者さんを揉んで、もっとああすれば良かった、こうすれば良かった、と思って、また次は1週間後。その繰り返し。

 

合間に練習すれば良いじゃないかと思われるかもしれないけど、学生同士の練習と、初対面の知らない人をいきなり揉むのは(しかも殆ど高齢者)全然違う。臨床施設で問診して60分、揉みながら、接遇気をつけながら、時間配分気をつけながらあん摩する…この感覚は繰り返さないと慣れない気がする。

 

今回は、数人連続で担当して、時間配分や手技で気をつけたいことなど、最後の人の時は結構感覚がわかってきた感じがしたし、手の動きも良くなってきていた。

 

だから最後に担当したこの人がこの日一番上手に揉めたと思う。

 

 

もう一つは、その人の主訴が自分と全く同じだったこと。話を聞いていて、どこがどう痛くて怠いかが手に取るようにわかった。

 

だから自分がやってほしいことを全力でやった。力の掛け具合とか、時間配分とか。

 

同じパターンの人が、自分は得意かもしれない。

 

本当はどんな不調の人にも対応できないといけないんだろうけど、まずは1つでも自信を持って対応できる不調が出来れば、ちょっとは良いかなとか思う。

 

 

臨床実習はこれからもずーーーっと卒業直前まで続くから、少しずつがんばっていけばいいのかな。

 

嵐が過ぎるまで

無事一日が終わりつつあり…

 

授業もちゃんと受けたし、今は試験対策中(ちょいと休憩…)。

 

運動学と公衆衛生学がヤバイよー。

 

***

滅多に休まないから、やっぱりどうしたのか聞かれたけど、適当なことも言えない性格なので、疲れたから、メンタルがグズグズで学校来たら周りに気を使わせそうだったから、等々…

 

***

やっぱり学校自体は楽しいし、勉強も研究会も面白いから、来たら来たで頑張ってしまうけど、

 

なんとなく怠さもあって、本調子では無い気がする。

 

誰かと一緒に居る時は気を張ってるから元気だけど、一人になった時に反動がくる感じがする。

 

でもどうすることもできないし、今は日常を送りながら、心の中の嵐が過ぎ去るのをじっと待つしかない。

ライフハック

なんとか無事に電車に乗れた〜

 

あとは慣性というか惰性で移動していけば、とりあえず学校には着くし、授業も勉強もどうにかなるだろう…

 

***

こういうメンタルの時に、駅のホームで電車を待つのが、実は怖かったりする(私の場合)。

 

そこで役立つのが以前教わったライフハックで、絶対に電車が向かってくる方向を見て電車を待たない。

 

駅のホームに立ったら、電車の進行方向を向いて立つ。

 

それだけで怖さがグッと減る。

今日もむりかも

朝起きてはみたけど、今日も調子が悪い。

 

外に出るつもりで顔も洗って、朝ごはんも食べたし、お弁当も準備したけど、外に出るのがなんだか不安。

 

実際に聞いたわけじゃないのに、自分に対する否定的な声が頭の中にずっと聞こえてくる。

 

たくさん寝たのに、まだ疲れてるのかな…