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日常の些事。

私のヘルシオ生活⑨〜見当違いな期待〜

ヘルシオの説明書を読んで買って早々面倒くさくなった前回の続き。

 

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前回の記事を読んでくださった方は薄々お気付きかもしれないが、私はヘルシオを待つ1週間で勝手にヘルシオへの期待値を異常なまでに上げてしまっていた。

 

どういうことかと言うと、ヘルシオのことを調理家電ではなくドラえもんに出てくる「畑のレストラン」(埋めると温かい料理が入ったカブのような実ができる秘密道具)のような物だと思い込むようになっていたのであった。

 

自分にとってはとても高い買い物をした→自分は高級品を買った→高級品だから素晴らしい物のはずだ→夢のような道具に違いない

 

身の丈に合わない物を買うと思考もおかしくなってしまうのかもしれない。

 

とにかく私はヘルシオを「何もしなくても食材を放り込めば美味しい料理に変えてくれる魔法の箱」だという思い込みに支配されていた。もちろん購入時にはこんな見当違いな期待は抱いていなかった。自分で調理する姿もイメージしていた。しかし1週間そうめんばかり食べている内に私の中で何かがおかしくなったのだ。そうとしか考えられない。

 

当然のことながらシャープはドラえもんではないし、ヘルシオも22世紀の道具ではない。だから設定もお手入れも調理も、自分で理解してやらなくてはならない。

 

説明書を眺めながら当たり前の事実に気付かされ、私はガッカリした。世に言う「勝手に期待して勝手に失望する」というのは正にこのような状況のことを言うのであろう。

 

Wi-Fiの接続もマイページなるものの登録も毎日のお手入れもヘルシオに放り込む食材の調理も全て面倒くさい。説明書を読むのも面倒くさい。何も考えないでただ美味しい物を食べたかった…。

 

だが現代は便利な世の中なので、全てを放棄して文字通り「何も考えないでただ美味しい物を食べる」ことが実は出来る。スーパーや商店街の飲食店で惣菜を買い、それをヘルシオで温めればいいのだ。ヘルシオには温め機能が付いているのだから。

 

しかしそれをやってしまってはこれこそ本当の無駄遣いである。そうするのなら最初から1万円で温め専用の電子レンジを買って、差額の4万円でデパ地下の惣菜でも買えばよかったのだ。そうしないでヘルシオを買った意味を考えなければいけない。

 

ヘルシオを買った時、私は何人かの友人に「電子レンジ壊れちゃって、高かったんだけど良いもの買おうと思ってヘルシオ買ったんだよね〜」と得意げに話した。

 

友人達は、まだヘルシオを使っておらずそもそも手に入れてさえいない私の自慢話を聞きながら「ウチにもオーブンレンジあるけど結局面倒でオーブンって使ってないんだよね」と言った。私は「大金叩いた私になんて恐ろしいことを言うのだ」と震えつつ「そんなこと言うのはヤメテ!」「私はちゃんと料理に使うんだから!」と言って耳を塞いだ。だが友人達の意見は正しかった。オーブン、というかヘルシオは、私のような「真に怠惰な人間」には宝の持ち腐れだったのだ。

 

しかしそんなことに今更気付いても5万円は戻って来ない。

 

こうなったら意地でも使い倒す、それしか道は無い。怠け者のくせに損得勘定も人一倍強い私は、元を取り戻すべく決意を固めたのだった。

 

続く。

 

私のヘルシオ生活⑧〜早くも面倒くさくなる〜

電子レンジ無しでそうめんと味噌汁だけを食べ続けた生活から1週間。ようやくヘルシオが我が家にやってきた日の話の続き。

 

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ヘルシオは、屈強な若い男の子と共にやってきた。私は非力な上に電化製品に関しては全く無知で、更に面倒くさがりなので、配送に加えてヘルシオの設置とアース接続、壊れた電子レンジの回収も併せてお願いしていた。

 

青年は軽々と冷蔵庫の上にヘルシオを載せ、手際良くアースを繋ぎ、壊れた無印良品の電子レンジを抱えて去っていった。

 

待ちに待ったヘルシオが届いた。これでまた温かいご飯が簡単に食べられる。それにこれがあれば、すごい機能できっと美味しい料理をたくさん作ってくれるはずだ。お腹も空いているし早くなにか美味しい物を作ってほしい。ステーキとかハンバーグとかグラタンとか。

 

私は小躍りしながら早速説明書を開いた。説明書は、何やら複雑であった。機能が多い分操作手順が様々で「これを作る時はこのモード」「こういうことをする時はアレはしちゃだめでコレをこうしてください」など様々なことが説明されている。

 

 

何やら注意事項も色々ある。入れて良いもの、駄目なもの、温め過ぎてはいけないもの、起こりうる事故。

 

更に水を入れるタンクや水受け、電子レンジの中は毎日掃除しろと書いてある。私の人生で電子レンジを毎日拭いたことなど今まで一度も無い。

 

またヘルシオはスマート家電だかIoTだかなんだからしく、電子レンジをネット接続しろというようなことが書かれている。電子レンジをWi-Fiに接続?なんでそんなことしなきゃいけないんだ?情弱な私にはよく分からない。しかしこれをやらないとどうやら使えない機能があるらしい。

 

私は面倒くさくなった。何も考えないでただ美味しいものを食べたかったから5万円出してヘルシオを買ったのになんなんだ。

 

皆様がお気付きの通り見当違いも甚だしいまま、次回へ続く。

私のヘルシオ生活⑦~ヘルシオが届くまで~

使わない3万円より使う5万円と心を決めて上位モデルのオーブンレンジ・ヘルシオの購入を決意した前回の話の続き。

 

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本当かどうか知らないがヘルシオの型落ち品は人気らしく、私が買おうとした白色のモデルは在庫が大阪の店舗にしかないため取り寄せになるということだった。

 

到着まで1週間掛かるそうである。冷凍庫の中にあるご飯、冷凍のパスタ、多めに買って冷凍していた肉を想うと、あと1週間電子レンジ無しの生活は不便な気がしたが、人生の内のたった1週間くらいどうってことないと思い直して1週間待つことにした。

 

私は炊飯器を持っておらず土鍋で米を炊くのだが、少量を毎日炊くのはすごくめんどうくさい。冷凍のご飯が食べられないならもう家で米を食べるのは諦めようと思い、ヘルシオが届くまでの1週間は毎日そうめんを食べた。栄養が偏るのでとりあえず味噌汁だけは作った。

 

そしてそうめんと味噌汁だけを食べ続けること1週間。ついに我が家にヘルシオがやってきたのだった。

 

続く。

叔母の友達

叔母の友達に会った。会うのは人生で3度目だ。1度目は、もう覚えていないが私がまだ子どもだった頃、2度目は叔母の葬式だ。

 

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去年の春、叔母が亡くなった。乳がんであった。病気が分かった時既に専門学校で医療の勉強を始めていた私は、叔母の話を「なんかこれはヤバイやつだ」と思いながら聴いていた。

 

とは言えすぐにどうこうということはなく、ただ恐らく必ず来るであろう「その日」のために、会える時には会いに行ったり、会えなくても電話をしたり、スマートフォンがあるのに手紙を送り合ったり、嫌がられても一緒に写真を撮ったりしていた。

 

手術も私が立ち会った。手術の前、貴重品を入れたロッカーの鍵を預かった私は、手術が無事に終わった後なんとなく安心してその鍵を持って帰ってしまい、目覚めた叔母から「鍵…どうした?」という電話を受けるなど、平常運転のウッカリをやらかしたりした。

蛇足になるが、振り返ると一番近い時期の思い出は私が度々やらかすことが多かったような気がする。会えば荷物を置き忘れ、カボチャを丸ごと買って割ったら大量の蛆虫が蠢き出てきて半狂乱で電話をし、病人なのにスットコドッコイなことに巻き込んで悪かったなと思う。なお蛆虫は「カボチャミバエ」というカボチャの中で育つハエの幼虫で、以来私はカボチャを丸ごと買えなくなった。これは本当の蛇足。

 

まぁそんなこんなな日々がしばらく続いた後、やはり叔母は亡くなってしまった。当時叔母は東京におり、私は地方に住んでおり、危ないかもしれないという連絡をもらって東京行きのチケットを取って、さぁ行くぞ、いう前日に亡くなってしまった。今思えば予約など他の人に代わってもらって有給を取ってさっさと行けば良かったのだが、過ぎたことは仕方がない。

 

その場に居なかった私は何も手伝えなかったが、東京にいた家族によってあっという間に様々が手配されて、予約していたチケットで東京に行った翌日が葬儀ということになった。いきなり病室に行って驚かせるつもりが、まさかの対面となってこちらがビックリさせられた。今の時代なら「全然若い」という年齢だった。

 

葬儀当日はまぁまぁ精神的に消耗する展開となった。我が家は世に言う機能不全家族というやつで、そのせいで叔母が亡くなったという悲しみ以外の様々があり、なんとなく私の中で叔母の死が完了しないままとなった。

 

誰か叔母のことをよく知っている人、親しかった人とただ楽しく叔母のことを話したい。叔母から聴けなかった話を1つでもいいから聴いてみたい。

 

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そんな思いを抱えたまま月日が過ぎたある日、遺品整理をしていた家族から叔母が生前使っていたという財布を渡された。財布の中に地方で私が住んでいた家の住所が入っていたからアンタがもらいなさいと言われて受け取ったら、これまた叔母が使わずにいた商品券と現金が入っていた。結構な金額である。

 

さっき書いたように叔母の死が完了していなかった私には、なんとなくその商品券を自分のために使ったり何か物を買って形に残すのが躊躇われた。

 

そこで、葬儀に来てくれていた中で唯一子どもの頃に会ったことがある(と葬儀の時その方から言われた)叔母の友達を誘って、その商品券でご馳走でも食べて思い出話でもしたらどうかと思い付いた。

 

死んだ友達の姪から突然連絡が来て会いたいと言われるなんて、相手からしたらなんでやねんな誘いかもしれないと思いつつ、迷惑を承知で連絡を取り、事情を伝えて約束をした。

 

そして予定の調整を繰り返し、最初に連絡してから半年経った今日、ようやく食事会が実現したのであった。

 

ちょっと良い洋食屋でランチをしながら、私の知らない叔母の話を聴いた。色々聴いて色々話した。人の一生ってそれぞれだなぁ、叔母は叔母の人生を生きたのかなぁ。そして「叔母の奢りなので」と財布に入っていた商品券全額を使って会計し、別れ際にもう少し立ち話をしてようやく私の中で叔母が亡くなったことが完了したような気がした。

 

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人はいつか絶対死ぬ。それが自然なのだ。私も逝く人で、今回たまたま叔母が先に逝っただけのことだ。明日もまた会えないのは残念だけど、残念な気持ちも抱えつつ、自分の番を待ちたいと思う。

私のヘルシオ生活⑥~魅惑の営業トーク〜

ついにヘルシオと出会った前回の話の続き。

 

3万円のSHARP製オーブンレンジ購入で心が決まりかけていたものの、一応全てを検討して納得した上で買おうと思い他のお薦めを尋ねた所紹介されたのがヘルシオであった。

 

「これは上位モデルですがお薦めです。ほとんどの料理はこれ一つでできます。」

「材料を入れたらヘルシオが勝手に温度調節をしてくれます。バラバラの大きさや硬さの肉や野菜を全部一緒に入れても、一つ一つに合った火の通り加減にしてくれます。冷蔵と冷凍の食材を同時に入れてもそれぞれに合わせて加熱してくれます。」

「水蒸気を使って調理するから肉も魚も野菜もしっとり仕上がりますよ。買ってきた揚げ物も、揚げたてに戻ったように温められます。」

「一人暮らしの方でも、これ一台で手軽においしいご飯が食べられるからと活用してる方も多いですよ。」

 

営業トークなのだろうが、店員さんの話はどれも魅力的に聞こえた。

 

話を聞いていると、3万円のオーブンレンジとの違いは水蒸気を使って調理するかどうからしかった。その機能の有無によるためなのか、例えば買ってきた鶏肉や豚肉を丸ごと庫内に入れればどちらも調理できるが、加熱時間が異なり、ヘルシオのほうが早く火が通るということだった。そしてオーブン任せで作れる料理の幅が全然違う、ヘルシオの方が沢山のメニューが作れるとも言われた。たしかに書かれている設定メニューの数が1.5倍くらい違うように見える。

 

価格は6万円だったが、もう少し安くしてくれるという。ポイントも付くから色々ひっくるめると5万円くらいで買えるということだった。

 

7月に新しい型が出たところで、型落ちの機種だから安くなっているが在庫が無くなったらもう終わりらしい。新しい価格の物は8万円くらいで、さらに上位のモデルは10万円を超えていた。

 

これは高級家電というやつなのだろうか。「シャープ・ヘルシオ」という言葉は聞いたことがあったが、一体それが何なのかもよく分かっていなかったし、高そうだから自分には縁が無いと思っていて買うことを検討したことすら無かったし、どんなものなのか調べようとも思わなかった。でも今店員さんから聞いた話はどれも魅力的で、私の心は揺らぎ始めた。

 

どう考えても今の自分の経済状況でオーブンに5万円は高い気がする。

 

しかし使い勝手を考えると3万円のオーブンよりヘルシオの方が良さそうである。特に、食材ごとに火加減を調節してくれるという点と、塊の肉にも素早く火が通るという点が魅力的に思えた。

 

つましい一人暮らしなので節約のために料理はするが、私は別に料理が得意というわけではない。特に苦手なことの一つに火を通すという工程があった。硬い野菜、生のままでは危険な肉、いつ投入してどの位火を通せばいいのかよく分からない。分からないので野菜は硬くても甘んじて食べ、肉はかつて食中毒になったトラウマで焦げたりパサパサになるまで火を通して食べることが多かった。別にまずくはないが、とびきり美味しいとも思わない、それが私の手料理である。

 

かつて私が作った食事を食べた弟が言い放った一言。「自分で食べる分にはいいと思うけど、これ恋人に出さない方がいいよ」(※当時恋人という人が私にもいたのだ)。

 

自尊心を抉る言葉をサラッと言われたが、弟の言葉は正しい。こういう事態を、ヘルシオがあれば回避できるのではないか。手料理を振る舞う恋人はいないが自分だって好きで硬い野菜や焦げてパサパサになった肉や魚を食べているわけではないのだ。自分が食べるものだって美味しいに越したことはない。

 

3万円のオーブンレンジを買って、オーブン調理がめんどうくさくて結局使わなければ温めるだけの電子レンジとの差額2万円が無駄である。

 

それならば高くても何でも美味しく作れるという水蒸気を使った上位モデルのオーブン(後で知った言葉だがウォーターオーブンというらしい)を買って、毎日使ったほうがずっと無駄が少ないのではなかろうか。使わない3万円より使う5万円だ。

 

こうして私はヘルシオを買うことに決めたのだった。

 

続く。

私のヘルシオ生活⑤~ついに、出会いの時~

冷蔵庫の上にオーブンを置けるのか分からず、格安だった東芝のオーブンレンジの購入を見送った前回の話の続き。

 

「私のヘルシオ生活」などと題打っておきながら、5回目にして未だ登場していないヘルシオ。いよいよ登場の時が近づいてきました(遅い)。

 

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ドライブの翌日の日曜日。私は自転車で最寄りの家電量販店に向かった。今日は冷蔵庫の品番をしっかり控えてやってきた。まっすぐ電子レンジ売り場に向かい、到着するなり店員さんを掴まえて「電子レンジが壊れて今すぐ新しいものが欲しいがこれを機にオーブンレンジを購入したい。しかし置き場所は冷蔵庫の上だ。そこにオーブンは置けるのか確認したい。冷蔵庫の品番はこれなんですが。」と矢継ぎ早に言った。

 

品番を見た店員さんはアッサリと「全然置けます、大丈夫です」と言った。

 

やはり友人達が言っていた通り、冷蔵庫の上にオーブンレンジは置けたのだ。店員さんの話によると「100℃以上の物を置かないでください」というのは、文字通り100℃に熱した鉄板などを直接置くのはやめてくださいという意味で、オーブン本体の表面がそんな高温になることはあり得ないということだった。考えてみれば当たり前である。だけど不安だったのだ。

 

確認が出来て安心した私は、金銭的な葛藤も払拭済みだったので急に気が大きくなり、売り場を物色し始めた。先ほどの店員さんが「冷蔵庫はSHARPですよね、それならこれがおすすめです」と3万円くらいのSHARPのオーブンレンジを勧めてくれた。「同じ白でも、メーカーごとに特色があるので、同じメーカーで揃えるとお色が揃って見栄えも良いですよ。」なるほど、白って200色あるもんな。どうせだったら色がキレイに揃ってるほうがいいよな。3万円なら予算内だしこれにしようかな。

 

でももう少し吟味したい。売り場で同じ価格帯の商品を一応見て回ってみたがあまりピンと来るものが無く、やはりさっきのSHARPのオーブンレンジにするかという気になった。

 

だが、せっかく来たのだしもう少し店員さんに聞いてみようと思い「色の話も聞いたし、機能的にもこれにしようと思うんですけど他にもお薦めはありますか」と訊いてみた。そこで紹介されたのが、ヘルシオであった。

 

続く。

私のヘルシオ生活④~オーブンは冷蔵庫の上に載せていいのか問題~

脳内会議の結果、生活に新しい変化をもたらすためこれを機にオーブンを買おうと決めた話の続き。

 

金銭面の葛藤は、収入が増えたわけでも宝くじに当たったわけでもないので現実的には何も解決していないが、自分の中で踏ん切りがついたことで解決した。もう高くたってオーブンを買う頭になっていた。

 

しかし、だ。オーブンを買ったとして、それを置くことはできるのか?

 

オーブン予定地は、これまで電子レンジが置かれていた跡地の冷蔵庫の上である。オーブンはきっと電子レンジよりも重い。そして高温になるはずだ。そんなものを冷蔵庫の上に置いていいのか?

 

過去、オーブンがあった時。それはレンジラック付きの食器棚などに置かれていた。冷蔵庫にオーブンが置かれているのを見た記憶がない。

 

ネットで調べてみると、置けるような、置けないような、よくわからない感じだった。冷蔵庫も、あまり熱い物を置くと壊れるようである。

 

自分の部屋の冷蔵庫を見てみると「100℃以上の物は置かないでください」と書かれている。オーブンって100℃以上?本体表面はまさかそんな温度にはならないはずだが調理してたら中は200℃とかになる。これって庫内も含めて100℃以上って意味?

 

私は分からなくなった。もし何万円も出してオーブンを買ったとしても、置く場所がなければ話にならない。自己判断はやめてとりあえず家電量販店に行って聞いてみることにした。

 

***

 

電子レンジが壊れた週の土曜日は友人達とドライブの約束をしていた。行きの道中、私は電子レンジが壊れた話をして途中で家電量販店に寄らせてもらうことにした。

 

そこでは東芝のオーブンが24,000円で売られていた。安い。オーブン機能も付いてるしこれでよいではないか。車で来てるしこれを買って帰ろう。あとはこれを冷蔵庫の上に載せていいかだけ確認しよう。

 

そう思い、売り場の店員さんに声を掛け「これは冷蔵庫の上に載せても大丈夫ですか」と尋ねた。

 

店員さんは「オーブンの問題ではなく冷蔵庫によります。冷蔵庫の品番は分かりますか」と言った。当然の言葉である。しかしオーブン本体で頭がいっぱいだった私は冷蔵庫の品番を控えてきていなかった。分かるのは冷蔵庫がSHARP製ということだけである。店員さんは「その情報だけだと絶対に大丈夫とは言い切れない」と言った。これも当然の言葉である。もし万が一ダメだったとして冷蔵庫が壊れたら店の責任だとこの客は言うかもしれない。だから私が店員だったとしても彼と同じように説明するだろう。

 

一緒にいた友人達は口々に「自分も冷蔵庫の上にオーブンを載せているがなんの問題もない」と言った。せっかくドライブの途中で立ち寄ったのだし、気に入ったなら買ったらいいと思っての言葉だと思う。

 

私は悩み始めた。オーブンは欲しい。できれば今すぐ欲しい。そして友人達が大丈夫だというのだからおそらく大丈夫なのだろう。このオーブンは安い。これに決めれば車に積んで持って帰って今日から使える。明日も休みだけど、休日2日とも出掛けるのは体力的にもきついし面倒くさい。今これを買ってしまいたい。だけど物凄く低い確率で、実は冷蔵庫の上に置けませんでした、ということになったら24,000円出したのにオーブン機能は使えず、温め機能しか使えないということになる。そんなことになったらとんでもなく無駄である。

 

.…。

 

付き合ってくれた友人達には申し訳なかったが、私は購入を見送った。

 

全部冷蔵庫の品番を控えて来なかった自分が悪いのだ。

 

ぐちゃぐちゃと悩んでいる私の横で、友人がオーブンの値札と品番を写真に撮ってLINEに送ってくれた。「家に帰って確認して、大丈夫だったらこの写真を見せて他の店で買ったらいいよ」。友人は自分のことじゃないのにこういうことが出来る人なのだ。自分の至らなさを思いつつ、友人に感謝した土曜日であった。

 

続く。