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日常の記録。

明け方に想う

卒業式翌日の朝。山手線の始発を待つホームでブログを書いている。

 

私のイケナイところだけれど、みんなと一緒にいたい、ギリギリまでいたい、が過ぎて、なんと1人だけ終電を逃したのだった。適当に時間を潰し終わって、今から電車に乗るのだ。

 

ちなみに両手にアイロンを抱えている。古典的な、ザ・アイロン、東芝製。同級生に貸していたものを返してもらったものだが、周りから見たら謎の乗客である。

 

始発の山手線は、思いの外混んでいる。どこから出発したのだろうか。

 

***
日もまだ昇らない、真っ暗な早朝のひんやりとした空気の中を歩きながら、今日からの未来を思う。

 

26日の合格発表を待って、無事に自分の番号を見つけたら、そこから先は正真正銘の鍼灸あん摩マッサージ指圧師である。

 

もう、学生では無い。

 

責任感。

 

今日からの毎日のキーワードは、これに尽きる。

 

自分への責任。

相手への責任。

周りへの責任。

 

責任は、何のためにあるかと言うと「守る」ためにあると思う。

 

自分を守る。

相手を守る。

周りを守る。

 

全てを守るための、自己管理。

心身の健康、感情、スケジュール、勉強、練習、などを自分でコントロールすることが求められる。

 

学生は、ある意味色々なものがアウトオブコントロールでも、ベルトコンベアーに乗っかってさえいればゴールまで勝手に辿り着くことができた。楽なもんだ。

 

これから先は、自分の脚で歩かなければいけない。脚を向ける方向も、自分でコントロールを定めなければならない。鍼先だって同じだ。

 

「学生」というのはある種の免罪符で、それを意識していたし、十分活用したと思う。

 

でももう、守られない。

学校が私達に負っていた「責任」は終わり、私たちは「守られなくなった」のだ。

 

全てが自分の責任のもとで行われる。

 

先程「目の前のことは全て自分自身が招いたこと」と同級生が呟いているのを見た。

 

全くその通りで、これが「責任」なんだと思った。私は覚悟を改めなければと、思った。

 

全ての思考と発言と行動は自分に帰結する。

それは、誰のせいでもなく、他でも無い自分が選んだことなのだ。

 

当たり前のことを、ぬくぬくと、居心地の良い場所に甘えて忘れかけていた気がする。恥ずかしいことだと思う。

 

今一度、心に刻んで、今日からの日々を始めたい。