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鍼灸マッサージ師を目指すアラサー学生のブログ。

技術でお金を稼げてこそ「勉強した」と言えると思う

夏休みに参加予定のセミナーの概要を知って、あまりにも「ワタシ得」な内容に、教室で思わず「最高じゃん」と声が出た。

 

クラスメイトが寄ってきて「何が最高なの?」と訊かれ、「さっき申し込んだセミナーの詳細がすごく楽しみな内容だったもので」と返したら、「本当、勉強好きだよね〜!」と言われた。

 

***

クラスメイトの発言は嫌味でもなんでもなく、普段の私を見てての率直な印象だと思う。

 

が、私は反論したかった。

 

「私がやってるのは“勉強”じゃないんです」と。

 

その言わんとする所は「勉強を勉強と思わず楽しめるなんて私最高でしょ」ではなく、

 

「知って楽しんでるだけでそこからの発展がない。学んだ知識が実技に反映できてないし、これで稼げてるわけでもない。学んだことを、仕事に活かして、人の役に立って、お金を稼いで、そこに繋がって初めて“勉強”と言えると思う。

 

今のレベルはただの趣味。何百万円もかけて、ただ楽しんでるだけ。」

勿論、この職業、お金になることだけが全てではない。たくさんお金が欲しいとか、大儲けしたいとも別に思ってはいない。価値がそこだけにあるとは思わない。

 

だけど職業とするならばそれで稼げるようにならないといけないし、(私は)職業訓練という位置付けで学校に通っているのだから、やっぱり学んだことで稼がないといけない。それが出来て初めて「(専門学校で)勉強をした」と言える気がする。

 

教えてくれている先生達には、こんな思いでいるのは申し訳ないと思う。

 

先生達は当然「鍼灸あん摩マッサージ指圧師として食べていける人材」を育てるつもりで授業をしてくれているし、外部で教えてくれる先生方も、現場で役立つ生きた知識や技術を教えてくれていると思う。

 

教育は、だから悪くない。それを「お金を稼ぐ」という意味での「生きた知識」「生きた技術」に発展させられないのは自分の力不足だ。

 

楽しいから授業も聴くし、学外でも勉強するし、本も読む。だけど、楽しい止まり。

 

優雅な奥様のカルチャースクールじゃないんだからさぁ…。

 

このままでは卒後が不安。

 

いつも今のままじゃだめだって思う。

 

だけど、日々の楽しさにかまけて楽しい止まりになってしまう。