年末年始、できるだけSNSを見ないぞ!と決めて過ごしている。
普段SNSをすごく見てしまって、気付くと2時間くらい経っていることも。
SNSに流れてくる、知り合いの近況や想いにほっこりしたり刺激を受けたり、他の人の考えにハッとさせられたり。職業に関する新しい情報を手に入れられることもある。そういうのは私にとって大事なことではあるけれど、いかんせん見過ぎはなー、と思う。
それだけの時間にどれだけ本を読めたか、新しいことをどれだけ学べたかと思うとSNSは情報収集のコスパ(タイパ?)が良いようで実はそうでも無い。その時間、私が手にしたのは表面だけだ。
DMやLINEや手紙を頻繁にやり取りすることはない、少し関わりのある人達が今日も遠くで元気でいるんだなぁと思うと嬉しい気持ちになる。頑張ってるんだなぁと思うと元気が出る。職業に関わる様々な情報もとても助かるし有難い。だけどそういうものだけが目に留まるわけではない。
好きだな、と思っている人同士がやり合っているのも目にする。誤解があるんだろうなぁと思う。だけどSNSに誤解を解く機能は無い、そういう、互いを理解し合おうとするコミュニケーションにSNSは向かないと私は思う。私の言うSNSは主にTwitterのことだけど、他も大体同じなんじゃないかと思う。
短く流れていく一瞬の思い。
その一瞬に“反応”して起こる思い。
その連鎖。
反応は、ポジティブなものはまぁいいかなと思うけど、そうでない反応はちょっと立ち止まった方がいいと思っている。反応から出る言葉や行動の結果は往々にしてあんまり良くない気がしている。自分の経験上。
私は反応しやすいタイプだから、結構いちいち反応してしまう。反応することそれ自体が疲れるのに、その反応に一旦ストップをかけて考えると更に疲れる。私は基本的に反応も考えたことも外に出さないから、湧き起こってしまった感情や思考の処理に少し困ったりもする。
見ると色々言いたくなることも多い。だけどさっき書いたようにSNSはコミュニケーションに向かない。短い文章の中で誤解無く自分の考えを伝えることは不可能に近いし、いわゆるツリーという形で後に文章を繋げても多くの人はそれを読まない。みんな、最初の少しを見ただけで分かった気になってしまう。自分だってそうだ(だから私は何か意見っぽいものを見かけて自分なりに何か思うところがあったら必ずツリーを全部読むようにしている。最後まで読む方が読み間違いが少なくなると思っている)。
きちんと議論できる思考や考えがあって何か言いたくなるならまだいいが、自分くらいの浅さで色々言いたくなるのは危険だと思う。自分も誤解される可能性があるし、たまたま目にした他の人が私の考えとは違う解釈をして良くない方向に話が拡がるかもしれない。
こんなことまで考えながらSNSを見ているからどうにも疲れる。
SNSで出会った人にたくさん助けられてきたし、最初の方に書いたようにポジティブなエネルギーもたくさん受け取っている。だから本当はSNSが大好きだし、自分も何か人にポジティブなエネルギーを送れたら嬉しい。
要は使いようなのだ。自分が心地良く、周りの人にもちょうどいい塩梅で使っていけたらいいなと思う。