今日流星群が観られるとTwitterで見かけて、もしかしたら近くの土手で観られるんじゃないかと23時頃行ってみた。
東京と比べたら観えるんじゃないかとなんかちょっと期待したけど、土手の周りはこの時間でもそこそこ交通量もあって、街灯もしっかり点いてて、大きな道路に沿って街の灯もピカピカで、思いの外明るかった。そして雲が厚い。
高いビルはほとんど無くて、建物と建物の間も広いから、空はとっても広いのだけど、色んな明かりと雲の厚さに阻まれたのか、流れ星らしいものは見えなかった。
雲と雲の隙間に、ピカピカに明るい、流れない星はいくつか見つけた。
土手の奥までもっと進んでいけば真っ暗な所に行けそうだったけど、深夜に一人で真っ暗な土手を歩くのは流石に怖くて諦めた。
しばらく空を見上げていたけど、頸が痛くなってきてやめた。寝っ転がって見るほうがいいんだろうな。
見頃は午前3時くらいらしいから、もし目が覚めたらベランダから空を眺めてみようかな。
部屋に戻ってふと考える。
自然と共に生きるのは、なんだか贅沢なことになってしまったのかなぁ。
天神合一、自然の中で起こることが、ミニチュアで起こるのが人の身体。自然の流れに身を任せて、自然と同じペースで過ごすのが、多分身体にはいいのだけれど、文明が進歩して、昼も夜も、季節も超えて活動できるようになった私たちは、きっと自然と共に生きる術を忘れてしまったんだろうな。
なんてことを思った。「私たち」って括りは大きいかな…自然と共に生きてる人も、知ってる。私が出来てないってだけ。
自然の中で生きるのは、何も山奥まで行かなくてもきっと出来ることで、朝になったら起きて、暗くなったら眠って、お腹が空いたら食べて、お腹が空いてなければ食べなくて、疲れたら休む、疲れてなければやることやるために動く。そういうシンプルな営みを続ければいいだけで、難しいことではないはずなのに。
どうしても、生活は「足し算」になり、日々どんどん、あれもこれもやらないと、食べないと、増やさないと、となりがちである。
多分、もっと「引き算」の方がいいんだろう。
鍼灸師は、足し算よりも引き算が得意な職業だと思う。引いて行くことを、もっと意識してみようかねぇ。