人の人生の1ページ、本の1行にでも、あるいはその目に映る風景にでも、加えてもらえるというのはとてもすごいことで、
もしそこに交流を持てたり、その人の思考に一瞬でも過ぎることができたなら、それはもっとすごいこと。
だから誰かの人生の一部に自分が入れてもらえると、自ら思うのは大変おこがましい思い上がり。
自分と接していたとしても、相手の目に自分は映っていないかもしれない。相手の心や頭の中で自分は1ミリも存在していないかもしれない。認識さえ、されてないかもしれない。いや、されてなんかいない。
だけどもし偶然、何かのきっかけで、誰かの人生、視界、思考と自分の存在が交わる時があったら。その目に映った私は、気分の良い、温かい、心地良い何かでありたい。
私たちは飛行機の出発ロビーの売店でホットコーヒーを1杯出す人、そういう役割だと教えてくれた人がいた。気持ち良く出発できるようにコーヒーを差し出せる自分でありたい。